やはり同時刻、里中央部では映画のような光景が広がっていた。

「どうよ」

まるでやる気のない声で青子の手から、次から次へと打ち出される光弾は獏の巨体に休ませる暇なく炸裂し獏は声無き咆哮で苦しみを現す。

その魔力に底など無いかのように無尽蔵に惜しげもなく撃ち出される。

青子の猛攻を止めようと突進しようとすれば

「青子先生には近寄らせません!!」

黒い光を惜しげもなく解放させた沙貴の掌打が少しずつ、だが確実に獏の足を削ぎ落とす。

足を全て削ぎ落とされてはたまらないと見たのか後退しようとするが沙貴もそれを許さない。

その後退にぴったりと密接し更に身体全体を破壊しようとする。

小うるさい蝿を叩き落とそうと獏がその意識を向ければ、そこに青子の攻撃が再開されそれ所ではなくなり、再び青子に意識を向ければまたもや沙貴が・・・

『破光の堕天使』七夜沙貴と『ミス・ブルー』蒼崎青子、同じ壊す事に特化した存在の為であろうか?

その行動に無駄は一切無く、目配せすらする事もなく息のあった連携を見せつけ少しづつ、だが確実に獏を壊しにかかる。

志貴と組んでも、ここまで効率良く行かないだろう。

「あまり冗談にならない光景ですわね」

「姉上、このままだと良い様に・・・」

「判っているわ。青玉、こちらも増援を出しましょう」

「はい」

あまりの事にさしもの紅玉、青玉も唖然としていたが、直ぐに我を取り戻し次々と異生物を呼び出し獏の守りを固めさせる。

「あらら、向こうも出してきたわね。沙貴、少し連中かき集めてくれない?私が一掃するから」

「はい」

それと同時に沙貴は飛び出し次々とすれ違いざまに異生物の頭部を破壊する。

それを追いかける異生物。

爪や牙で沙貴を餌食にしようとしても舞う様にかわし、カウンターで反撃する。

そして・・・大体集まったと見るや青子の声が響く。

「沙貴!避けなさい!」

青子の声と同時に沙貴は駆け出す。

「スフィア!ブレイク!!」

同時に繰り出されたのは、先程までの光弾など比較にならない程の光線砲。

これで全ての異生物が消し飛んだ。

わずか二発で。

「青子先生・・・すごすぎます・・・」

さすがの沙貴も唖然としていたが状況はそれを許す筈がない。

青子の攻撃でわずかな時間手薄となった獏が沙貴に突進してきた。

「くっ!!」

咄嗟に全身に『破壊光』を纏い防御と攻撃を兼ねようとしたがその瞬間沙貴は信じられないものを見た。

獏の右の前足が『破壊光』自体を突き破り沙貴を吹き飛ばした。

「きゃああああ!!!」

悲鳴と共に吹き飛ばされる。

その勢いは砲弾を思わせ、岩にぶつかり潰れるかと思われたが、その身を纏う『破壊光』が岩をも粉として砕き尽くす。それがブレーキとなったのか、速度は大幅に殺され沙貴はようやく転がりながら体勢を立て直す。

だが、ダメージは受けたようだ。

「っ・・・げほっ!」

胃の中の内容物を嘔吐する。

だが、獏の一撃は普通なら人間が吹き飛ぶどころか引き千切れる類の威力、これだけで済んだのはむしろ幸運だった。

「一体・・・どうして・・・」

『破壊光』に触れれば例外は存在なく全て破壊され尽くされるはず、それを完全に無視して攻撃を仕掛けてきた。

「私達の最終能力・・・『傷を私に』」

「私達が獏のダメージを肩代わりしているのよ・・・傷から損傷まで全てね・・・」

見れば確かに紅玉の右足が半分以上壊れていた。

いやそれ所か、二人とも全身に夥しい傷を負っている。

今まで沙貴と青子の猛攻を全て肩代わりしていた事をそれは意味していた。

「な、なんて事を・・・そんな事をすればあなた達もただでは」

「判っているわよそんな事」

「でもね、私達にはもう後なんてないの。ここで敗れたとしても貴方達を葬り去っても結末は一緒、神の元へ還り神の一部となる・・・」

それは壮絶なまでの決意だった。

「だから私達は思い残す事はしたくないの・・・」

「だから七夜沙貴・・・あんたを・・・あんたを私達の道連れにしてやるわ!!私達と同じ場所・・・地獄に堕としてあげる!!きゃはははははは!」

「そうよ!あははははっ!!あんたなんか!あんたなんか、私達と一緒に愛する人のいない地獄に堕ちちゃえばいいのよ!」

双子姉妹の狂気に彩られた声と狂笑に応じるように獏は吼える。

「沙貴来るわよ。志貴とこれから先もいちゃつきたい?」

「い、いちゃつくなんて・・・私は兄様のお傍にいられたらそれで幸せなんです。だから死ねない。兄様と生涯寄り添いたいから、ここで死ぬ訳にはいかないです!!」

「よしよし。じゃあ私も少し本気で行きますか」









ほぼ同時刻、やや離れた開けた草原では銃声とエーテライトが乱れ飛んでいた。

「寝てろ」

「潰れろ」

シオンと、風鐘の象徴によって釣り上げられたシオン・・・吸血衝動に屈し新たなるタタリと化した・・・が死闘を繰り広げていた。

エーテライトが交錯し、銃弾を掻い潜り爪が鈍く光る。

だがそこは互いに分割思考を駆使しての戦い、互いの攻撃を紙一重でかわし相手の次の動きを読みきり反撃を加える。

延々と続くかに見られた攻防だったが遂に均衡が崩れた。

「っ!」

体力の差でシオンの動きが鈍りだした。

それを見逃すほどタタリ化シオンは甘くない。

「カット!」

爪の一撃が見舞われる。

転がるようにその一撃から紙一重で離脱するシオン。

「ふっ無様ですね。どの様な手段を用いたかは知りませんが吸血衝動も消えているみたいですが、それで勝てると思っているのですか?」

それを見下ろしながら嘲りの言葉を吐き出すタタリ化シオン。

「ええ・・・勝てますよ」

それに不敵な笑みで応じるシオン。

「ほう・・・随分余裕がありますね。その無様な格好で?」

「無様なのはあなたでしょう。死徒となる事で弱い自分から逃避する・・・そのような貴女(自分)に負ける道理など見当たりません」

「よく言いましたね。では現実を思い知らせてあげましょう・・・貴女の死をもって!」

そう叫びシオンに止めを刺すべく襲い掛かる。

だが、急に体が鈍くなった。

「!!ちぃエーテライト!」

シオンのエーテライトがいつの間にかタタリ化シオンに突き刺さりその体のコントロールを奪っていた。

「馬鹿にするな!こんな物に操られるか!」

それを力任せに、それでいて自分の身体への負担を最小限に留めて引き抜く。

シオンがエーテライトで自由を奪ったのは僅か数秒。

だが、それで充分だった。

シオンが反撃態勢を整えるのは。

「!!」

気がついた時はもう遅かった。

タタリ化シオンはシオンの銃口の真上にいた。

「バレルレプリカ・・・フルトランス!!」

その宣言と共にシオン渾身の一撃が発射され、タタリ化シオンはかわすことも出来ず直撃を被った。

「あ・・・がががああ・・・」

声にならない声を発してシオンを睨みつける。

だが、ダメージは相当のものでその四肢は消し飛び、残りの体の部分もほとんどが黒焦げとなっていた。

普通の人間なら即死だ。

「やはりこの程度ですか・・・己の限界を知り、その中で巧みに戦い抜こうとする者とそれを弁えぬ者・・・どちらが勝つかなど火を見るより明らかと言うもの」

二人のシオンの戦いに手を出す訳でもなくただ、傍観していた風鐘が軽く拍手しながら近寄る。

そして半死状態のタタリ化シオンを象徴が釣り針で釣り上げ、無造作に面倒くさそうに時空の入り口に放り捨てる。

「これはどうやら私も・・・本気で立ち向かわなければならないようですね。どうも他の全員も退路を絶ったようですから私も絶つとしましょう・・・翁、仮面を取り本気で戦え」

主の宣告と同時に今まで象徴が被っていた翁の仮面が消え失せた。

「!!」

シオンは息を呑む。

だが、それは仮面の下の素顔にではなかった。

仮面の下に何も存在していない事だった。

仮面の下には黒があった、闇があった、虚無があった。

そうとしか表現出来ないものが仮面の下に存在していた。

その虚無を思わせる闇が次々と零れ落ち、周囲の地面を薄汚く黒に染める。

どれほどの量が存在していると言うのか、闇はその領域を広げていく。

無害であっても触れたくなかったシオンは一旦距離を取る。

それと同時にあふれ出した闇はようやく地面への侵略を押し留めた。

「ふふふ・・驚くのは早いですよ」

風鐘は何処までも楽しそうにからかう様にシオンに告げる。

その身を闇に浸らせながら・・・

「さあ・・・味わって貰いましょう・・・我が最終能力・・・『打ち捨てられた時の海』を・・・」

その言葉と共に風鐘はその闇に完全に身を沈めてしまった。

それを追いかける様に翁も虚無のような黒の中に沈んでいく。

それと入れ替わりに何かが這い上がってくる。

それを見た瞬間、シオンはその光景を疑い、それが紛れもない事実とわかった時には息を呑んだ。

それは紛れもないかつて失った戦友・・・

「リーズバイフェ・・・」

だが、相手の方はシオンの一%の感慨も持っていなかった。

虚ろな視線をシオンに向けてそれからパイルバンカーを構える。

それを見たシオンは半ば機械の様にリーズバイフェのそれよりも早く銃を発射する。

本人の意思とは無関係に銃弾は全弾外す事無くリーズバイフェに命中する。

それを受けた方は苦痛の声を発する事も表情を歪める事もしなかった。

命中したと同時に姿が崩れ、あの虚無に戻っていく。

「一体・・・これは」

「これが・・・」

「これが・・・」

「私の最終能力・・・」

「最終能力・・・」

シオンの独り言めいた言葉に虚無の闇から返答が返ってきた。

虚無から次々とリーズバイフェが、ズェピアが、タタリ化した自分が、未だ半端な吸血種である自分が、それ所か人間のままの自分が形作られる。

その中心に風鐘が現れる。

「一人に限定して様々な人間を作り出し、戦わせる事が可能なのですよ・・・まあ時空と直接繋げていなすから呼び出したものの状態は極めて不安定ですが」

「そのようですね。そのような未熟な能力が最終能力なのですか?」

「ふふふ・・・完成度から言えば通常の私の方が遥かに上でしょう。ですがもう貴女は私を倒す事は出来ない」

「出来ないと思っているんですか」

そう言って懐から銃弾を取り出す。

「これはリーズバイフェの概念武装を加工した銃弾。これを撃ち出せばいかな存在であろうとも・・・」

「そう思われるのならば撃って見るとよろしいでしょう」

風鐘は表情一つ替える事もなくむしろ心底面白そうに挑発する。

「良いでしょう。その言葉後悔しなさい」

銃弾を一旦引き抜いたマガジンの一番上にセットしてから再装填する。

そして逃げる気配も見せない風鐘にそれを撃ち込んだ・・・









その頃・・・この地ではない夢の世界では・・・

「これはこれは・・・見くびっていたのはわしの方じゃったか・・・」

籠庵は自嘲気味に笑い深く溜息をつく。

その視線の先には、琵琶法師によって作り出された具現化した悪夢を次々と粉砕していくレン、琥珀、翡翠の姿があった。

「・・・」

レンが作り出す氷柱が、

「てやや〜」

ふざけているとしか思えないお気楽な声と共に琥珀の仕込み刀が、

「失礼いたします」

翡翠の落ち着き払った声と共に繰り出される体術が、次々と振るわれる度に貫かれ、切り刻まれ、そして押し潰される。

「失礼ですがこれだけでしょうか?」

「私達を残りものと呼ばれた割にはあなたもてんでたいした事ありませんね〜」

何度目かになる悪夢を撃退した琥珀達は涼しい顔で籠庵を反包囲する。

「見くびっていたのは事実か・・・夢魔もいればわしの悪夢の世界に己が夢の世界を重ね合わせる事も可能と言う訳か・・・それが、その娘達の異常とも言える戦闘能力の秘密はそれか」

ここで書くまでもない事だが、琥珀、翡翠は感応能力を持っていても、それ以外はただの人間、戦闘などド素人そのもの、とても籠庵に太刀打ちできる筈もない。

それを補強したのがレン。

彼女の力で二人の戦闘能力を引き上げ籠庵の生み出す悪夢と互角以上に渡り合えるほどにさせていた。

「このままでは敗れるのはわしか・・・そうなるわけにもいかぬからのう・・・ではわしも本気で良くとするかの・・・琵琶法師、構う事はない。この世界を現へと返せ・・・わしの全てを糧としての」

その宣告と同時に琵琶法師の奏でる琵琶の音色が激しく、そして不吉に世界に響き渡る。

そして、曲が進むに連れ、全員の視界がぼやける。

「??」

「な、何でしょうか?」

「えっ・・・力が・・・」

それと同時に二人の体内に満ちていたはずの力が急激に抜けていくのを自覚した。

しかもいつも間にか二人とも眼が覚ましていた。

まだ何とか戦えるが、力の現象は著しい。

「こ、これは・・・」

「わしの最終能力、『夢と現の狭間』。現の世界にわしの悪夢の世界を移しただけの事」

見れば結界の様に自分達の周囲にはあの悪夢の世界が再現されている。

「さてここからはお主達が生き残るか、死ぬかの戦いとなるの」

その言葉の意味をいまいち掴めなかった三人だったが、それ所ではなかった。

先程までは楽勝であった悪夢達が強敵となって翡翠達に迫り来る。

「来るわよ翡翠ちゃん。まだ戦えそう?」

「大丈夫です姉さん」

「・・・」

「レンちゃんもお願いしますね」

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